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【コラム】”いのち”を迎い入れることとは

コラム

以前、たまたま近所で保護犬カフェを見つけました。

カフェとしてドリンクを楽しむこともできる場所でしたが、私は「実際にどんな犬たちが、どんな環境で暮らしているのか」を犬の飼い主としてきちんと知っておくべきだと思い、足を運びました。

そこで出会ったのが、私の愛犬と同じビーグル犬である推定10歳のワンちゃんでした。
名前は「おじ」と名付けられていました。

その子は、もともと繁殖犬として飼われていたそうで、当時ろくに散歩もしてもらえなかったのか、足腰は弱っていました。
それでも、散歩は大好きらしく、一生懸命に歩いていました。
その保護犬カフェはショッピングモールの2階にあり、「おじ」の散歩は、ショッピングモールの建物の中を数回まわる程度でした。

自然の中を歩くことをしらない「おじ」。
でも一生懸命施設の人と一緒に歩く。
その姿が、私はどうしても忘れられなかった。
帰ってからもその姿を想像すると涙が出てきた。

「ずっと保護犬カフェに居られたらいいけど…いつかは最後を迎えるおうちが必要なのだろう」
「私たちはこの子に何かできないだろうか」
「彼は草の匂いを嗅いだり、鳩を追いかけたりすることができるのだろうか」

そう思い、家族とも何度も話し合いました。
実際に迎え入れることも真剣に考えました。

ですが、「おじ」を迎える条件のひとつに、

「飼い主に何かあった時、代わりに世話をしてくれる第三者がいること」

というものがありました。

私たちに何かあった時に、今ともに暮らしている愛犬を預かってくれる存在はいましたが、
その方の住居の関係上、二頭目を預かることは難しい状況であることが分かりました。

もし自分たちが病気になったら。
もし入院したら。
もし突然、「おじ」の世話ができなくなったら。

その時、この子を再び不幸にしてしまう可能性がある。
そう考え、最終的に迎え入れることを諦めました。

幸いにも、「おじ」は後に別の家庭へ迎えられました。
「よかった…」深い安堵の気持ちがしました。

その保護犬カフェのインスタグラムを経由して、「おじ」の新しいおうちの様子を拝見していましが、穏やかで幸せそうな日々を送り、「おじ」自身の犬生を全うしたようでした。

私は、その事実を知った時、本当によかった、と涙が止まりませんでした。

そして同時に、強い怒りも込み上げてきたのでした。

命を、あまりにも無責任に扱うブリーダー。
「可愛いから」という理由だけで飼い、最後まで責任を持てない飼い主。

保護犬カフェにきたワンちゃんたちの個々の理由は様々だと思いますが、
一定数は、残念ながら心無い人間の所業によるところが大きいのだと思います。

ブリーディングすることが悪だとは言いません。
ですが、「ビジネスパートナー」であるワンちゃんに対する敬意を欠き、ネグレクト的な生育状況を与えてよいわけがないということ。

犬は、物でもぬいぐるみではありません。

当然に歳も取ります。
病気にもなります。
介護が必要になることもあります。

私の愛犬も、アトピー性皮膚炎や外耳炎を抱えていて、抗生剤や外用薬などで、1回の通院で数万円かかることもあります。

それでも一緒に幸せに暮らせているのは、自分自身のスキルを磨き、将来も安定した収入を維持できるよう努力しているからです。

犬を飼うということは、
「10年、15年、もしくはそれ以上、その命に変わらぬ責任を持つ」ということです。

毎日の散歩。
食事。
医療費。
老後の介護。
そして、自分自身に何かあった時の備え。

そこまで含めて、本気で考えてほしい。

「可愛いから飼いたい」

その気持ち自体は否定しません。
でも、その感情だけで迎え入れてしまった結果、不幸になる犬たちが現実にいます。

どうか、命を軽く扱わないでください。
犬は、人間の都合のために存在しているわけではないということ、今一度私も含めて心に刻み込みたいと思います。

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